【BOSS ROOM】Vol.5 § 高性能センサー レーダー §

更新日:8月8日


 ロヴェスト神戸に関わって5か月が経った。月日の過ぎるスピードが年々増しているような気がするのは私だけだろうか。未だに出口が見えないコロナウィルス感染症(COVID-19)・・・このコロナウィルスの感染報告や感染急増が出始めたのが2020年2~3月頃で既に2年が経つ。私はこの2年が早く感じるのだが皆さんはどうだろう?またこの期間、皆さんはどんな思いで過ごしたのか?あっという間?無我夢中?長かった・・・色々な思いが交錯することだろう。感染症治療の大変さ、濃厚接触の苦しみ、仕事の停滞、収入等今後の成り行不安・・・心配事を挙げたら枚挙に遑がない。コロナウィルス感染症に対しての知識も情報も少ない時期での有名芸能人の感染症死亡報道を受けたときは恐怖と不安で親族・家族・知人など自分に関わるすべての人への心配で胸いっぱいになった。そのコロナウィルスの感染症対策としてのマスク着用、手洗い・消毒の徹底などまだまだ油断は禁物だ。5月15日現在において全国で35,008人の新規感染者がいると報じられ、死者25名、重症者数139人、入院・療養者338,725人の報告も併せてなされている。また北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)からは爆発的感染というニュースも流れている。

早く収束することを願うばかりだが、ネガティヴに考えているばかりでは精神衛生上にも良くない。Withコロナと言われて久しいが、2000年2~3月以降の第1波~第6波と言われたコロナ感染者の増加と減少の繰り返しの当時から思うと、日常の生活の中においてコロナ対策・対応に良い意味で “慣れ” も身に付き、コロナ前の日常生活に近づいて行っている部分もあるのではないだろうか。コロナ収束の実現に向け一人一人がその方法を編み出し構築していっているのは間違いないところだろう。簡単な言葉で語れるほど現実は甘くはないのだろうが、まだまだ苦しんでいる人達がいることも理解しながら自己努力を積み重ね、今一度気を引き締めることを忘れずに日々を過ごしていかなければならない。私個人の安易な感想は控えるべきだとは思うがあえて・・・。



さて、私個人は大学卒業と同時に1986年4月よりサッカー指導を生業として社会人生活をスタートさせ、この4月からは36年目が始まることになる。トップリーグの選手経験が有る訳でもなく、選手としても指導者としても全国的な大会で大きな成績を何度も挙げた訳でもなく、プロとして専門的に指導を行っていた時期もあれば今みたいに教師という立場の横で指導を行ってきた時期もある。その場・その時の考えや人生観・指導哲学・経験などが相まってその時・その都度歩みを進めてきた。その期間、現在に至るまで良い指導が出来ていたのかそうで無いのかはよく分からないと言うのが実情だ。今年に入って環境を変えて新たなスタートを切った訳だが、それも昨年から今年にかけての状況や考えがそうさせたのであって、良かったことなのか悪かったことなのか?招かれることなのかそうでないのかはわからない。35年やってきても今まで関わった指導の事が自己評価できないのにロヴェストの現状において今すぐ評価はできるはずもない。後になったら分かるなどとよく言うが後っていつ?という話しで、35年後は94歳だ!元気でいたら考えてみてもいいが・・・(笑)



 指導者という仕事は多岐に渡る。振り返った35年で良い指導ができたのか否か・・・の決定的ジャッジは無い。ジャッジが無い為にいいつまでも確信は掴めないのだが、もしかなりの感触で“間違ってはいなかった”と自己評価出来る方法があるとればそれは“経験”によるものなのかもしれない。俗に“石の上にも3年”とよく言うがこの業界は“石の上にも6年、出来れば12年”と言いたい。なぜなら就学前(年小・年中・年長)・小学校低学年(1・2・3年)・小学校高学年(4・5・6年)・中学・高校と区切りは3年単位になっており、どの組み合わせにおいても続けて6年間指導を続けることで、子供の成長を目の前で感じ、事前に学んだ理論(知識・情報)が手ごたえとして理解出来ていく。加えてそれを2回繰り返すことができると、より観たもの感じたものが確信に変わり自信へと深まっていくからだ。

 経験とは言ったがただ経験をすれば良いかと言うとそうではない。何事も判断の基準となる得る知識が必要ではある。指導者という仕事はFootballの理論(戦術・技術など)に加え、考え方・伝え方の理論(教育学・教授学・コーチング法・コミュニケーション学等)、発育発達学(子供の身体的・精神的特性の理論)などを理解する必要がある。特に育成年代の指導者にとって欠くことの出来ないものが発育発達学だ。病院には内科に加えて小児内科があるのと同じ考えだ。他には営業マンの能力、企画立案の能力、教育者としての能力なども指導者が持ち合わせておくべき能力であろう。


 指導者の仕事を考えてみると指導者の評価とは何なのだろう?と思い続く。

若いころは一日6時間・4サイクルのチーム指導が毎日。週一回のOFFも夕方からスクール指導が割当る。休みは有って無いような感じだったが「そんなものなんだ」と思い込み指導を続けていた。次のクラブでは1年毎の契約で指導をスタート。次年度の給料が今この瞬間、この日の指導・試合結果で決まる・・・体に良くない毎日を8年過ごしてきた。

思い返すとこの16~7年は修行の身の弟子みたいなものだった。日本の芸能文化の多くは「観て学ぶ」の精神が色濃い。師匠は手取り足取りこうだ!と教えたりしないという。そしてその先には守破離の精神が重要視される。自分にも当時の経験・試行錯誤の中に“良い指導者”になる為のヒントが散りばめられていたはずである。それを見逃し拾い損ねていたのか、はたまた拾えていたのか・・・。石の上にも6年と思いながら、自分なりに良かれと思う一心で練習メニューを考え指導を行ってきたが、果たして良い指導者になり得たのか。ただそんな中でも一つだけ大切にしていたことがある。それはその日のうちに必ず練習内容をノートに整理しまとめながら、今日と言う一日の振り返りを行うことだった。自分が今どうなのか?良いことを行えているのか?子供にとって保護者にとってプラスになっているのか?一人よがりになっていないだろうか?何をもって良い指導者というのか?といったことについて練習シーンや子供の顔などを思い出しながら振り返りを行っていた。今ではA4ノートが30冊位溜まっている。身近に直接的評価・指導をしてくれる人がいたのならもう少し良い学びが出来ていたのかもしれないが・・・“観て学べ”ならぬ“一人で考えて学べ” だった。


 35年にわたる今までの指導者生活をの中でこれまで色々な指導者に出会い、様々な業種の人と出会う機会に恵まれた。サッカーに関係なく出会いも広がってきた。そういった出会いの中に「この人、将来大物になるな」とか「さすが評判が良いだけのことはある」と感じる人がいる。その人たちに共通して感じるのは “感度・精度の良いセンサー、レーダーが備わっているな”と言う事だ。そう言う人達は重要な仕事をこなし、重要なポストに就いて期待の大きい仕事をしている。または将来そういう仕事をしていく様に感じる。ただ地位が高いというだけではなく、周りの人からの評判も良いということだ。物事の分別をつけるのに“常識的な判断”も大切だと思うが、世の中では「あなたの常識は非常識」と言われることもあるので“自分が持つ常識”は少し疑っておかなばならない。そうなると周囲との違和感、周辺の凸凹感、人々の顔色、人間関係の温度差、自分の発言に対する周囲の反応、周りの人々の一挙手一投足への対応・・・結局バランス感覚の良さが良い人間を形成し生み出し決定的な仕事をこなし、良い指導者になっていくのではないかと思う。知識も常識も大切だが本当に重要なのはセンサー レーダーだ。これは何もFootballに限ったことではなく一般社会でも企業でも・・・集団と名の付く所では同じことが言える。必ずや必要とされる人とはそういう人であり、そういう人のところには仕事が沢山回ってくる。つまり指導者と選手の間では信頼と信用、人が人に惚れるように認め合っていくことが大切なのだ。これがすべてとは言わないがもしかしたらこれがまずのスタート要素であり土台なのかもしれない。




次回に続く・・・










昌子力


1963.11.07生まれ。島根県出身


2008年、日本サッカー協会(JFA)が公認する指導者の免許制度(日本サッカー協会指導者ライセンス)で最高位の指導者資格である「日本サッカー協会公認S級コーチ」資格を取得。


指導者として36年、これまで3歳~80歳までの男女共、様々なカテゴリーで指導に携わる。​

神戸FCでジュニア世代の育成に携わり、ヴィッセル神戸ではトップチームコーチや下部組織の育成統括責任者を歴任し、育成やトップチームの現場で指導にあたる。

幼児からシニア、そしてプロの指導現場を知る数少ない現役指導者である。


昌子力 プロフィールはこちら